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NNEを小さくするということ [今日話したこと]

君たちがプレゼンをするのは、結果を共有するためではない。こんな時どう考えて、どうしたかを明らかにして次に役立てる術と学ぶべき事を共有するためだ。

それがわかっていないと「主訴」「現病歴」がおざなりになり、「身体所見」も画一的なものになってしまう。

我々オーディエンスは年齢主訴性別というキーワードだけ多くのことを、想定して準備している。

昨日の意識障害主訴の86才の方だが、JCS1-3で来院され、奥様がその場にいたのに、現病歴がトイレにいって帰ってきたあとに返事がないから救急車コールそのあと意識障害の鑑別を一通り行ったが、原因不明のまま入院となった。

しかも初回のABGがHCO3-が10.9 CO2 が19.8で1時間後の再検査が正常にもどっていたCKが高値とくれば痙攣していたかのようなLaboだが、実際意識状態が悪化したときの状態いかんではlabo error なのかもしれない。

つまり、意識障害からAIUEOTIPS坊主めくりを繰り広げたということか? (^_^;)

結局神経内科医が詳しく奥様から話しを聞いたところ、食事を摂ったあと、薬も飲んだが20分ほど目を離したあと、右手が動かなくなっていた。その後返事をしなくなったということで来院。入院後に MRIを撮影したところ左の中大脳動脈領域の脳梗塞であった。

今回は「意識障害」「代謝性アシドーシス」「来院時麻痺なし」「意識も少しずつ軽快」にかなり引っ張られたと思われる)

力がないうちはNNE(Number need to Examination)を大きくとることは、致し方ないが、経験を積むうちに、NNEを小さくしていく努力をする。そしてそれは、リスクを伴うから特異な経験に負けそうになる。そこで それがどれほどレアなのか、それとも考え方を改めないといけないのか。エビデンスに照らしながら調節することになる。

意識障害よくわからい→MRIと学ぶのか、情報が足らなかったためにMRIにたどり着けなかったと学ぶのかで、医師としての質が大きく分かれるのではないだろうか。


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1:1対応? [今日話したこと]

今日研修医に話したこと忘れずに書いておこうと思う。
1対1対応の話し。
若いドクターは国家試験の性質上そういう問題しか作れないことが原因かもしれないが、「1:1対応」を求めるキライがある。紙をめくれば答えが書いてあるというような診断方法を我々はとっていない。
なぜなら一つ一つの情報のその疾患に対する重みが別々にあり、それらはすべてが完璧に診断の正当性を証明するものではないからだ。
「1:1対応」を探しに行くと、たとえば「30才男性が3日前からおへそから汁の様なものがでていて、今日から痛みが強くなり熱もでてきたので来院。おなかにtapping pain があり、腹膜炎が考えられるのでCT をとってもよいですか?」などという思わす吹き出してしまうプレゼンになる。
cartnett  sign など必要なく腹壁内膿瘍?とわかる。
また逆もあり、60才男性が昨日CS施行。本日より左腹部の痛みを訴え来院、かかとを落としても腹痛は誘発されず、腹膜炎は考えにくいと思います。」というのもおかしい。これらはどちらとも 腹膜刺激症状と腹膜炎の「1:1対応」を ”より所” に診療をしている証拠ではないかと考える。
「答えをめくりにいく診断」ということになるが、だとすると、病歴も身体所見も高い特異度を持つもものさえあればそれ以外は必要ないということになる。
ところが特異度も感度も100%という診断法は病理を含めてもなかなかなく、結局判断するのは主治医!ということがこの仕事をしているど段々わかってくる。「答えは自分で出すしかない!」検査データーでもなく、画像所見でもない!これはわたしが常々口にしていることである。

そしてその「総合的」をなおかつ複雑にするのはそれぞれのS)0)がすべてその疾患にとってのパワーが違うからである。そのパワーを認識せずに「ぼうずめくり」のように検査を思考していると、その検査をしたために見つけたことを支持する論理がなく、この次も坊主めくりを繰り返すことになる。はたまた検査をしなかった理由も自分のなかの基準がないままで失敗したりすると、ふわふわと浮いた基準でおびえながら検査の閾値を下げ、その医師はそこまでの医師となることになる。

専門医を長くやっているとそういった失敗例は強く脳裏に焼き付くことになり、ヒューリスティックエフェクトと、エピデミオロジカルの間にたつことが出来きる人はよいが、でなければ結果のみを最終結論とする医師となっていく。この方法は日本の保険体制のなかで守られており、ある意味すばらしいことであるが、逆にこれが保険医療自体の首をしめ、被保険者に影響を及ぼし始めているのが今日の日本の姿でもある。
NNE(number need to examination) はいくら高くてもよいらしい。すばらしい国である。(決して皮肉ではなく)
しかし、先ほども述べたように、坊主めくりをしていると自分のなかのぶれが強くなりすぎて、いろんな擬陽性偽陰性にいちいち振り回されることになる。それらをたどって"総合的に"判断するのではない。
もともとのその患者の仮説があるからこその検査なのだ。
その土壌を間違えなければ、検査の結果が予想外だったとしてもぶれることなないという例をひとつ見せて説明した。
SJS疑いの患者late Crackle が両肺から聴取されたためにCTを撮影。読影結果は"誤嚥性肺炎?"VATSをしたら病理結果はNSIPもしくはUIP 結局、画像だけをみればそう判断してもおかしくないというレベルまでしか読めない結果はたくさんあり、病理させそういうことがある。しかし軸がしっかりしていれば主治医がぶれる必要はない。
今日はそんな話だった。


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