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第109回内科学会総会へ行ってきました。

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京都のみやこメッセというところで開催されました。

なにをかくそう個人的にはじめての参加
生まれ育った街でありながら、長く離れていたのでこの"メッセ"が出来たことすら知りませんでした。昔時々行った喫茶店はまだありましたが。(笑)
会場は盛大なもので商用ブースなどはきれいなお姉さんを動員して売りこんでいる会社もあり、さながらミニ東京モーターショーでした。もっとも危険な場所である学術書展示ですが、表示の撮影にとどめ、頭を冷やすことにしました。
以前プライマリケア連合学会に行った時はこれでもかというくらい知人に会ったけど今回はほとんど会いませんでした。
僕自身、内科学会は偉い先生方の研究成果の発表や、ものめずらしい疾患集→僕らの日常診療にはあまり役にたたないものかと思っていましたが、全くの"食わず嫌い"でした。
教育講演がものすごくおもしろく、手軽に最新の知見を得られる20分という時間がなお集中力の持続のためによかったです。

日野原先生の話は、一般的、啓蒙的な内容でしたその後の先生の講演は医学というより医療学というにふさわしい内容で、一番心に残ったのは日野原先生の有名な"最初の看取り"の話を引き合いにして、「亡くなる直前にがんばれではなく安らかに言ってあげるべき」は、そこに誠意を持った医師がいたことが重要なのだ。とおっしゃっておられました。だからどちらでもよかったのだと。物事はすべて双方性なのだと。確かにだからこそいつも迷い、探すのだと共感しました。ただ、日野原先生のエピソードは、医師の使命の双方性を見いだした瞬間を啓蒙的に伝えられているのだと僕は理解しています。
山折先生(Drではないらしいですが) 「死にたい老人」の作者と西行の死をとりあげて最終的に僕には「断食死のすすめ。」にしか聞こえませんでしたが、医療の恩恵に感謝を示めしつつ、日野原先生のいうもう一つの医者の役割りについてただがむしゃらに救うことを是とする日本の医療にアンチテーゼを投げかけているように思えました。

ただどこを切っても内科医としてもっとも難しい、診断に関しての言及はありませんし、ましてや診断に関する臨床研究も皆無でした。
唯一あの日野原大先生がプライマリーの大切さを叫んでおられました。
内科は診断と治療に別れたのでしょうか?
そして終始感じたことはすべての講演発表が "どうだ!"なのです。まあ、そういう自己主張の場なのでしょう。
僕らが、そして日本が今直面している医療危機にどう対応していくかという具体的取り組みは皆無でした。また、別の話ってことでしょうか。

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