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NNEとコストと個 [今日話したこと]

確率の低い診断に対して検査を行うということ。
今回下肢の脱力で来院したもともと下肢のしびれを精査中であった人がMRIを撮影したら脳梗塞であったという症例を経験した。このとき実はCTのみで一度帰宅させている。
私は常々何らかの検査をするには、想定する”疾患名”がなにか考えて、ベネフィットとリスクをトレードオフを考えるように伝えてきたし、自分自身もつとめてきたつもりである。
下肢脱力が脳の問題でないと考えるのならCTは必要ないし、脳の血管病変を考えたのならばCTはMRIを前提として撮影されることになる。免罪符的CTはわたしにはみとめられない。

専門医はその病院もしくはその地域での最後の砦である。その自覚がある限り、それがNNE(number need to examination)※をどんなに上げることになっても見落しが許されず、またそういうものを見る機会が増えるためヒューリステックな影響もかかるかもしれない。また検査をセレクトすることの評価はあまり受けない習慣もある。それは個を重んじる日本の医療のよい点かもしれない。

よって私は今まで出来るだけコストエフェクティブな理由で検査を制限するような指導は行ってこなかった。

ほんのわずかな犠牲と日本の医療経済の問題をはかりにかけるこはできないが、偉い政治家や、病院でも上位にいる、個が直接見えていない人にとっては、必要なことと考えられているかもしれない。
逆に極端なことを言えば国民全員にPET検査を健診として義務づけたら膵癌の早期発見が増えるだろうなんて考えも現実的ではない。

今日初めて研修医に日本の医療経済を考えれば、、、なんて口走ってしまったが、安い給料でめっちゃ働いている人たちに言う言葉ではなかった。あくまで患者のための医療をしてもらえばいいと思う。

私は、患者中心の医療は全体のコストを下げると信じている。外来の時間のなさや免罪符的検査のコストの方がどうしてもわからないから検査よりずっと多いと思っている。
限られた資源で医療をする以上は患者の医学的な利益を損なわずにコストを制限することは保険医療にたずさわる者にとっては必須のことと考えるが、そこを評価する機構はなく、ただ、保険病名を書くことや、症状詳記とやらいう言い訳という無意味な労働のみを課せられているのだ。
※NNEは私の造語です。

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