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医師が万能でないことを患者は知っているのか? [今日話したこと]

私は自分の身内が医者にかかったとき、あまり診療内容に関心を持たないようにしているし、かかった疾患の勉強もしないようにしている、何か言いたくなるのがいやなのかもめることがいやなのか?いずれにせよ、その主治医に全部委ねて、それで後悔しなければ、それでよいと思っている。結果や過程の問題ではなく、その主治医と会ったことが運命だと、そう考えようと心に決めている。
私自身が医療者だから医師が完璧でないことを知っているから、だから完璧を求めてしまうかもしれない自分が怖いのかもしれない。

基本的に患者は常に最高の医療を求める権利がある。最高の医療とはなにかわからないが、患者は今行われている医療が最高だと思いたい。我々医師はそれに答えようとするが、患者が思うほど完璧ではない。そして基本的に病気を人質に取られている。そこで検査や入院、時として投薬という代替えの責任者に免罪符を発行させたりする。そうすれば患者はなにかあってもその責任の追及場所を失うことになる。
「検査してください」と言われることはすなわち「あなたを信用していません。」に近い。その適応が医学的に正しくなくてもそんなもので免罪符が切れるならばと思ってしまったりもする。

ただ、基本的に私が医師である限り、その診療は医師が決めるというこことを守りたい。そのための努力を忘れずにいたい。
そしてそれを変えないからこそ患者との信頼関係が生まれると信じたい。
患者もしくは家族と人と人としてつきあうことによる信頼関係は不安要素のグレー部分を埋めてくれるのではないかと。
本当は完璧でないことを患者も知っている。でもこの医師に出会えてよかったと思えたら、不完全さも受け入れられるのではないかと。。
実力が足りないことのごまかしととる人もいるかもしれない。でも切り取った部分のみを相手にしている人も人間の複雑さを本当は知っているはずだ。
人は病気を通してさえも目標は「しあわせ」と考えるから。

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